魂は傷つくの?①

魂は傷つくのか?ふっと頭に浮かんだので、投げかけてみた。
結論から言うと
私の世界観で観ると、傷つくというよりも
”歪む・揺れる・曇る”という”変化をする”と考えるほうが
私の世界観に近いかもしれない。

魂そのものは壊れないけれども、”曇る”
多くの精神世界の体系では、魂は壊れない”核”とされている。
永続性がある魂の本質は”光”
光は破壊されない
だけど、経験によって”曇り”や”歪み”が生まれる。
例えば
ガラスは割れていないけれども、汚れたり曇ったりして
透明度がおちる状態は、本来のガラスの良さをなくしている。
魂の本質は光のままだけれど、
その光が現実世界に届くまで”レンズ”が曇る
そんな見方で見てみようと思う。
曇りを作る最大の要因は幼少期の”トラウマ”
私はある時期から魂がほかの人とは違うと思うようにすることで
生きる意味や生きる支えにしてきたところがある。
そんなふうに考えるときこれはまさに、
魂の曇りが「自己認識のズレ」を生み出した典型かもしれないって。
幼少期のトラウマは、魂そのものではなく魂を現実に投影する
”こころのレンズ”を歪めているのかと。
このゆがみが生み出すものは
・安心感が育たない
・世界が危険に見える
・自分が異質にかんじる
・常に、きわきわで生きてしまう
・平凡を求めながら平凡に着地できない
これらは、魂の傷ではなく、魂の光がまっすぐ届かない状態。
< 人生そのものが周りとずれている
いつもきわきわで安心感のないところで生きている感覚
平凡を求めながら真逆の生き方になってしまう 、そんな感覚 >
実はこれ、魂が特殊だからではなく、幼少期の安心感の欠如が、
人生の軌道を微妙にずらしてきた可能性が高い。
魂は光のままなのに、その光が ”安心感”という土台を
とうれなかったということで、生まれた感覚。
自分はこういう人間なんだって決めつけている要因の一つでもある
ともいえるのかも。
ここで、最初の問いに戻りましょう
<魂は傷つくのか?>
結論!
魂は傷つかない。
傷つくのは、魂の光が世界に届く”経路”が傷つく
・こころ
・潜在意識
・自己認識
・安心感
・他者との関係性のパターン
これらが傷つくと、魂の光が歪んで現実に投影される。
その結果
『魂が傷ついているようにみえる』
よくある現象で
安心感の欠如×高い感受性×強い内的世界
この3つが揃うと周囲とのズレる感覚が強くなる。
そのズレを肯定するために
『宇宙由来』「スターシード」などの語源が使われますが
このての話は私も好きなので、これは否定しない。
これは、噓ではなく
心理的にもエネルギー的にも説明としてはきちんと機能していると思う。
私も過去に宇宙由来の魂だと言われたことがありますww
ただしここでの本質は
魂が特別なのではなく
”魂の光がまっすぐ届かなかった人生”が特別感をうんだ。
ということでしょうか。
勿論、これは一つの見方です。
魂は傷ついていない曇っているだけだとするなら
その曇りはゆっくり磨けば、透明度を取り戻せるのです。
<魂は”傷つかない”けれども、経験によって”形は変わる>
魂は壊れないなら
魂の光がどんな風に世界に届くかは、人生経験によって変化変容するということ。
これは、魂が変質するというより
・光が弱まる
・光が届く角度が変わる
・光が遮られる
・光が屈折する
といった”現れ方が変化する”
魂そのものは無傷のまま、現実世界に投影されるプロセスが傷つくだけ
この、プロセスが
心理学では”潜在意識”とよばれ、スピリチュアルでは波動・レンズ層と
呼ばれています。
この部分が、傷つくと魂が傷ついたように感じるらしいのです。
これは、魂の傷ではなく、”魂の光が届く道筋”が傷ついた状態。
魂の傷ではなく曇りだとするなら、魂が曇ると何が起きる?
・自分の価値が見えにくくなる
・世界が少し危険に感じる
・他者との距離感が難しくなる
・自分の人生が”端っこ”による
・安心感が定着しない
・深い内的世界だけが支えになる
これは魂の質ではなく、魂の光が通るレンズの状態。
魂の光が通るレンズの歪み。
魂は傷つかないし壊れない。
ならば、回復は可能だということ。”ここ重要です”
”魂が壊れていないということは、本質の光はずっと無傷で残っている”
ならば
・レンズを磨く
・光の経路を整える
・潜在意識の層を癒す
・安心感を再構築する
これを行えば、魂の光は再びまっすぐ届くようになります。
もしも、
すべての原因は自分にあると思っていて、自分を責める習慣を持っていて
ここまで読んでくれたあなたが、自分に当てはまるように感じたなら
”自分の心の内を見つめ直してみることもありなのでは”
次回②に続きます。 by・kizuki



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